重症筋無力症じゅうしょうきんむりょくしょう
最終編集日:2025/3/19
概要
重症筋無力症(MG)は、神経と筋肉の接触部(神経筋接合部)にある、脳からの信号のやり取りをする部分に対して自己抗体(免疫系の異常でつくられた、自己の組織を攻撃する抗体)がつくられ、筋力低下などの症状が現れる病気です。自己免疫疾患のひとつです。
最も攻撃される頻度が高いのが、神経伝達物質であるアセチルコリンを受け取る役目をする「アセチルコリン受容体(AChR)」で、約85%にみられます。次いで、神経細胞の接続部であるシナプスの筋肉側にあるたんぱく質の「筋特異的チロシンキナーゼ(MuSK)」で、約5~10%にみられます。
眼瞼下垂(まぶたが下がる、目を開けられない)や複視(ものが二重に見える)など、目の症状を起こしやすいのが特徴で、目の症状だけのものを「眼筋型」、全身の筋肉に症状が現れるものを「全身型」と呼びます。眼筋型は約20%、約80%は全身型を表します。
約20%に胸腺過形成、胸腺腫など、胸腺の異常の合併が起こります。とくに抗AChR抗体が陽性の人の約75%に胸腺異常がみられるとされています。
推定患者数は約3万人(2018年)で、男女比は1対1.15で女性にやや多く、女性は20歳代から、男性は40歳代から患者数が増え始めます。最近は高齢での発症も増えており、60~70歳代に患者数のピークがみられます。
また、18歳未満で発症する「小児重症筋無力症」があります。とくに5歳以下での発症が多く、成人とは異なり眼筋型が多いとされています。胸腺腫合併は少なく、寛解(完治ではないが病状が治まっている状態)率が高いことが特徴です。
一部に先天性筋無力症があり、これは自己抗体ではなく、遺伝子異常によるたんぱく欠損が原因で起こります。
MGと小児重症筋無力症は、いずれも厚生労働省の指定難病となっています。
ここでは成人の重症筋無力症を中心に説明します。
原因
AChRやMuSKなどに対する自己抗体がつくられるために、神経から筋肉への信号が十分に伝わらなくなることで症状が引き起こされます。なぜ自己抗体ができるのかは、まだ解明されていません。胸腺異常の合併が多いことから、発症原因にも胸腺の異常がかかわっているのではないかと考えられています。
症状
おもな症状は、筋力の低下と疲れやすさです。症状に日内変動(1日のなかでも午後や夕方に悪化)と日差変動(日によって異なる)があるのも特徴です。
筋力低下の多くは、眼瞼下垂・複視(いずれも目を動かす外眼筋の筋力低下による)から始まります。全身型では次第に、手足に力が入らない、腕を上げていられない(洗髪や歯みがき、洗濯物干しなどで腕がだるくなる)、しっかり歩けない、階段の途中で休まないと上がれない、飲み込みにくさ・むせ、しゃべりにくい、顔の表情をつくりにくい、などが現れます。さらに進行すると、呼吸筋が麻痺して呼吸困難に陥ります。
2年以上、目の症状だけの場合は眼筋型と診断されます。
MGを専門的に診る科は神経内科です。目の症状から始まるために眼科を受診する人も少なくないようですが、MGが疑われたら神経内科を紹介してもらえます。
検査・診断
血液検査で抗AChR抗体、抗MuSK抗体を調べ、筋電図検査で信号の伝わり具合を精査します。
眼瞼下垂の検査として、易疲労検査(上方を1分間見続けて眼瞼下垂の出現をみる)、アイスパック試験(数分間、アイスパックを眼球にあて、眼瞼下垂が改善されれば陽性となる)などを行います。
また、神経伝達を改善させる薬剤を注射し、症状が改善されれば陽性と判断されます(エドロホニウム検査)。
胸腺異常の合併をみるために、胸部X線検査、胸部CT、MRIなどの画像検査も行います。
そのほか、甲状腺疾患、全身性エリテマトーデスや関節リウマチなど、ほかの自己免疫疾患を合併する場合もあるため、必要に応じて検査が追加されます。
筋委縮性側索硬化症やランバート・イートン筋無力症候群などとの鑑別が必要です。
治療
治療は、症状を軽減する対症療法と、自己抗体の産生を抑える治療の2本柱で進められます。胸腺の異常がみとめられる場合は、手術が行われます。
●対症療法
対症療法の第一選択薬として用いられるのが、コリンエステラーゼ阻害薬です。神経伝達物質のアセチルコリンを分解する酵素の働きを阻害して、アセチルコリンの作用を増強します。目や口の症状の多くはこの薬で改善が見込めます。
●自己抗体の産生を抑える治療
自己抗体の産生を抑制する治療として、ステロイドや免疫抑制薬が投与されます。コリンエステラーゼ阻害薬で効果がみられない場合や、全身型に適応されます。そのほか、症状や重症度にあわせて、分子標的薬(モノクローナル抗体製剤)、抗体の再利用を抑制して自己抗体を減らす胎児性Fc受容体阻害薬、自己抗体を取り除く血漿浄化療法、抗体として働く免疫グロブリンを注入する免疫グロブリン静注療法などが選択されます。2023年にはステロイドや免疫抑制薬の効果がみられない全身型に適応される、自己注射が可能な分子標的薬も保険適用となりました。
●胸腺摘除術
胸腺過形成や胸腺腫を合併している場合は、胸腺を摘除する手術が行われます。
胸腺は胸骨(胸の前面中央にある、左右の肋骨をつなぐ縦長の骨)の後ろ、心臓の上あたりにある、免疫にかかわる機能をもつ臓器です。手術は開胸、あるいは内視鏡(胸腔鏡、縦隔鏡)下で行われます。
胸腺異常がなくても、抗AChR抗体陽性の全身型で若年者(50歳未満)では、胸腺摘除術を検討することがあります。
胸腺摘除術を行うことでMGが改善され、摘出1~2年後には約80%で薬の減量や中断が可能になるとされています。
なお、全身の筋肉が急激に麻痺する「クリーゼ」と呼ばれる状態に陥ると、呼吸困難をひきおこします。クリーゼでは、気管挿管などで呼吸を管理する治療がとられます。クリーゼは抗MuSK抗体陽性の場合になりやすいとされています。
セルフケア
療養中
MGは長期にわたってコントロールが必要な病気です。自己抗体の産生がなくなることはないため、定期検診を欠かさず、治療を続ける必要があります。しかし、よい状態を保てていれば、通常と変わらない生活を送ることができます。ただし一部の睡眠薬や抗菌薬などは、服用すると症状を悪化させるものもあります。他疾患の薬は、必ず主治医に相談してから服用するようにします。
日常生活では、箸や歯ブラシなどにグリップを付ける、ペットボトルのキャップなどはオープナーを利用する、取っ手の付いた軽い食器にする、ドライヤースタンドを使うなど、力を入れなくてもいい工夫を取り入れます。外出時にはサングラスや帽子で目を保護し、目の症状があるときには、転倒に注意します。また、かぜなどの感染症は症状を悪化させやすいため、マスクの着用、帰宅時の手洗い・うがいを励行します。
なお、感染症や外傷、過労・ストレス過多はクリーゼの誘因ともなります。休養・睡眠を十分とって、ストレス解消に努めることが重要です。
監修
昭和大学 医学部脳神経外科 名誉教授
藤本 司